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【本】『世界をまどわせた地図』 世界地図に描かれ、消えていった幻たち

 

世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語

世界をまどわせた地図 伝説と誤解が生んだ冒険の物語

 

 かつて実際に世界地図に載り、時を経て実在しないことが確認され、姿を消していった島や大陸。それらの奇妙な幻が生まれてしまったストーリーを紐解いていく本である。58個のエピソードが、1つにつき4〜6ページの簡潔な話にまとまっているため非常に読みやすく、思いついた時にふと本棚から手にとって読みたくなる類の本である。

 

地理に関する世界有数の団体として有名なナショナル・ジオグラフィック社発行ということで、トンデモ本とは一線を画す高いクオリティを誇る本書。著者のエドワード・ブルック=ヒッチング氏はロンドンに住む古地図の愛好家の方だそうで、「よくこれほどまでの情報を集められたもんだ」と感心してしまうほどの情報量をもって書かれている。豊富に掲載されている挿絵の古地図も、地図というよりファンタジーのような世界観。例えば海のエリアに海獣が描かれていたり、中世のタペストリーにような、美術館に飾られていてもおかしくない凝ったデザインのものであったり。子どもが読んだらきっと空想を膨らませること間違いない(一枚の地図には、日本の南の海域にも海獣が!)。図鑑的な面白さも味わうことができる。まるで歴史を旅しているような気分になる。

しかし、それ以上にこの本を面白くしているのは、エピソードに登場する実在の人物たちであろう。幻が生み出されてしまう理由は様々ある。勘違いや噂話を元に地図に載ってしまうパターン、あるいは噓の報告や言い伝え、虚構を元にして描かれるパターンなど。ただ確かに言えるのは、未知なる領域を手に入れようとする人々の野心が幻を生み出した側面があるということだ。時には小説より奇妙なミステリーとなる。

 

例えば、「ベルメハ」という島についてのエピソードが登場する。

ベルメハ島が最初に地図に登場したのは16世紀。メキシコ湾の真ん中、アメリカの南、メキシコの東に浮かぶ島として、アロンソ・デ・シャーベスが1540年ごろに『航海士の鏡』という書物の中で初めて正確な位置を記している。それ以来、有力な目撃情報は現れないものの、19世紀まで世界地図に載り続け、1921年に製作された

地図を最後にこの島はひっそりと姿を消した。しかし、1990年代になって突如、メキシコ政府がこの島の存在を必死になって探し始める。事の発端は1982年に採択された国連海洋法条約。この条約によって、各国の沿岸から200海里をその国の排他的経済水域と定められた。そして古地図に描かれたベルメハ島の位置は、メキシコの排他的経済水域の外。メキシコ政府は何としてもこの島の「存在」が欲しかった。なぜなら、この地帯は海洋資源が豊富で、石油が潤沢に埋蔵されている地帯だったからだ。メキシコ政府は軍を派遣して海上探索に当たらせるが、見つからない。諦めないメキシコ政府は空からも探索に当たらせるが、やはり見つからなかった。

しかし、ここで終わらないのが面白いところである。調査結果を受けてメキシコ国内で持ち上がったのは、油田利権の拡大を目論むCIAにより島が破壊されたという陰謀説だった。議員のグループがこの説の正当性を唱え、調査を要求。果てには、調査を要求した議長が何者かに殺害されるという事件まで発生し。。

 

実在の怪しまれる島が地図に載ってしまったことで起こったミステリー。この島を巡る議論が決着を見たのは2009年とつい最近だ。アトランティス大陸といった比較的有名な例から、このようないわく付きのエリアまで、本書では世界地図という観点から豊富に紹介されている。

 

本書で各エピソードの題材として取り上げられる地図の多くは、16世紀ごろの大航海時代に作られたものだ。ヨーロッパという限られた域内から、ようやく外に目が向けられ、まさに世界の探索が夜明けを迎えた時代である。その当時、ポルトガルやスペインといった海洋探索の先陣を切った国々の海岸から、未知なる世界へと繋がる大西洋の大海原を眺めていた人々の気持ちは、きっと今私たちが宇宙に馳せる思いと同じであっただろう。つい現代の視点で物事を考えてしまいがちだが、当時の海洋探索を進めた人々の多くは、野心に駆られた民間の探検家たちであった。資産家や国王から出資を募って航海に出ていた。まさに現代の宇宙ベンチャーといったところだ。そうした探検家たちが持ち帰った情報を元に、製作者たちは地図を作成していた。しかし当然、測量技術も知識も不完全なため間違いが起こる。時には野心が空回りして、ありもしない島をでっち上げて探検記を書き上げるペテン師まで現れる。技術が発達した現代ではもはや起こり得ない地理のミステリーの数々を楽しんでみてはいかがだろうか。